【どやねん】藤本に思いは伝わっていた
大いに悩み、最良の策を模索した。
今後、遊撃としてチームリーダーへの成長を望むルーキー鳥谷と、昨年、遊撃として打率3割を残した藤本の二者択一。
2人のどちらかを選択する苦悩を、岡田監督は、初めて明かした。
「(2人は)タイプが違う。はっきり言って、どっちを(遊撃で)出してもいい。
もし、今岡のケガがなかったら、横浜ぐらいまで悩んだかもしれん」
今岡が巨人戦(甲子園)で左手に死球を受けたのが14日。
その回復が遅れて、藤本に二塁の練習を開始させたのが16日の甲子園練習から。
今岡の故障がなかったら、開幕遊撃・鳥谷の決断は3月26日の横浜戦(横浜)まで延びていた。
それほど悩み、決断のタイミングに気を使った。
ある球団関係者は言う。
「藤本のことも評価してるからこそ、監督もいろいろ考えていたと思う」。
決断へ、最悪の事態は、どちらか一方を潰してしまうことだ。
鳥谷、藤本両方を活かす方策を模索していた指揮官には、今岡の故障が追い風になった。
すぐに、平田ヘッドに「今岡が遅れたらあかん。藤本に二塁の練習をさせる」と指示した。
遊撃を競わせていた藤本を二塁へ。
決して遊撃争いに敗れたわけではない。
遊撃・鳥谷、二塁・藤本、三塁・今岡という将来構想があるからこその決断だった。
そして、藤本とも話し合い、理解を求めた。
18日の広島戦(倉敷)の試合前練習では、二塁のノックを受ける藤本の後ろに指揮官がいた。
声をかけ、指導する。身を持って期待度を示した。きめ細かいケアも忘れていなかった。
「藤本は(今岡の故障で)けっこう二塁の練習にもなった。今岡が元気やったら、二塁の練習もできへんかった」。
開幕戦では、今岡の左手の回復具合によっては、藤本が1番・二塁に入る。
二塁の練習を始めた当初、「言われたことは全部受けとめます。それがぼくの生きる道です」と、悲壮感すら漂わせた藤本も、
徐々にプラス思考に変化した。
「プロ野球なんだから、組織の事情もあるし…。プロ野球やもん」。
岡田監督の思いは伝わっていた。
来年、再来年の長期的な視野に立った指揮官が言う。
「開幕のスタメンだけが勝負やない」。
そのことを藤本も理解したからこそ、鳥谷に遊撃を“譲った”のだ。
サンスポ.com3月31日付