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たゆまぬ努力、打撃開花 ◇ポジションへの強い執着心 「藤本がごねて、岡田が困っとる」。 言葉とは裏腹に、星野仙一監督(56)はうれしそうな表情で報道陣に話した。 5月25日のヤクルト戦で、ひざを痛めた藤本敦士内野手(25)は2日後、休養を兼ね、2軍行きが決まった。 だが、藤本は1軍残留を求め、岡田彰布・守備走塁コーチ(45)に食い下がったのだ。 野球をあきらめかけた過去を持つだけに、ポジションへの執着心は人一倍強い。 入団3年目の今季、課題だった打撃が向上し、正遊撃手の座を手に入れた。 20年来の親友、三石隆之さん(26)と西本和寿さん(25)は、 昨年の近鉄・中村紀洋三塁手(29)のフリーエージェント宣言がきっかけになったと考えている。 中村と阪神が移籍交渉を続けていた昨年末、3人が集まった。 「中村さんが来たら、やばいなあ」と藤本が漏らした。 同じ内野のスター選手が入団すれば、影響がないとは言い切れない。 結局、中村は近鉄に残留したが、そんな危機感が藤本に打撃改造を決意させた。 173センチ、71キロと小柄のわりにパワーはあったが、単打狙いに徹した。 バットを握る位置は、昨年よりこぶし二つ分ほど短くなった。 藤本のセンスの良さを評価する関係者は多い。 甲賀健康医療専門学校の藤本政男監督(47)は「何でもそつなくこなす。ベース際の守備は天才的だった」と話す。 運の強さも持ち合わせている。 大学中退後、専門学校への道を開いてくれたのは、当時オリックスにいた岡田コーチだった。 父和幸さん(56)が兵庫県明石市で営む居酒屋に来店した岡田コーチに、息子の窮状を話したところ、 同校を紹介してくれたのだ。 だが、素質や強運を生かすのも、陰での努力があればこそ。 西本さんはいつも、中学時代のある出来事を思い出す。 授業で鉄棒のけ上がりが出来なかった藤本が、突然スイスイとやり始めた。 後に連夜、学校で特訓をしていたことを知った。 2軍落ちした藤本を励ましに訪ねた時も、夜になって「これから練習する」と出掛けて行った。 昨年2割9厘だった打率は10日現在、3割をキープ。 それでも試合前には、他のナインより早出をしてバットを振る藤本の姿がある。 「うかうかしていられない。レギュラーの座を確実なものにしたい」。 歩みを止めない背番号9が、チームの快走を後押ししている。 (毎日新聞2003年7月11日大阪夕刊から) |